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この頁には性的表現が多々(?)ありますので18歳未満の方、もしくはそういった表現に嫌悪を抱かれる方、またそういった文章を読んで犯罪を犯す危険性のある方の閲覧は厳禁とさせて頂きます。
これらの文章は原作者・企業等とは一切関係ありません。


うっかり読んじゃう前に退室される事をお勧めいたします。ご覧になってからの苦情は受けかねます。

18歳以上の方は










- Don't let me down. -













 彼女は幾分楽しそうに目を細めた。
「――――たまにはこういう眺めも面白いものだな」
 些か暗い視界の中で彼女の瞳が青く光る。
「まあ――――悪くはありませんが」
 控えめながら彼も正直な胸の内を答える。
「ですが大尉。突然どうなさったのですか?」
 久し振りの『彼女だけ』の会合の帰り、やけに彼女は上機嫌だった。これまで不機嫌であっても機嫌が良いなどという事は一度たりともなかったので、その時点から彼は彼女の異変を感じていた。そしてこの事態。不覚を取ったとしか言いようがない。鍛錬を怠っていたつもりは無かったのだが、彼女がその上手を行った。
 まさかこうあっさり引っ繰り返されるとは、彼は妙に冷めた頭で思った。腕力が男性に劣るのは止むを得ない事実として、彼女がその速度と確度に重きを置いて体術を会得していたのは十分知っていた筈なのだが、こうもあっさり床に倒されるという事は、どこかに隙を見せていたに違いなかった。
「悪くはない、か。良い答えだな、軍曹」
 質問を無視して彼女が言う。床に手を付いて彼を見下ろす。まさかとは思うが、と彼は浮かんだ問いを口にする。
「酔っておいでですか?」
「酔う?――――何に?」
 指先が彼の胸元に触れる。
「酒――――――――?」
 小馬鹿にしたように笑う。
「あんなもので酔えるか。我々を酔わせる事が出来るものは、鉄錆の匂い、焼けた油の匂い、鳴り止まない砲弾と銃撃、上がる血砂と苦痛と恐怖の声、それだけだ。違うか?」
 胸元から薄ら寒いとも生温かいともつかぬ室内の空気が忍び込んで来る。
「大尉」
 彼女の手を制して彼が言う。
「悪ふざけが過ぎます」
「貴様がそれを言うのか?」
 容易く手に逃げられる。軽い困惑と少々の好奇心を持って彼は彼女を見上げる。相変わらず不思議なほどの上機嫌。
「何か、おありでしたか?」
「何が」
「先程の会合です」
「――――ああ」
 すっかり忘れていたかのように彼女は言って、視線が記憶を辿るかのように遠くなる。口元が笑みの形に歪み、収まり切れなかった笑い声が唇の間から不吉に漏れる。
 頬杖をついた彼女が笑いながら彼の目を覗き込む。それだけでは飽き足らず彼の胸の上に投げた腕の上に頭を凭せ掛ける。笑う彼女の声が彼の肌から体内を通じて伝わって来る。
「好いものだな軍曹。腕の中で命を消し去る瞬間の悦びというものは。あの断末魔と恐怖の色というのは、何度味わっても飽きるという事がない。全く。全くもって心地好い響きだ。――――充実した会合だったぞ、今日は」
「大尉それは――――」
「構わん。後始末の指示は済ませてある。『全て』な」
 掠めるような口付けが胸元に落ちる。曖昧な指先が彼の体の線をただ辿る。
 今日の相手は、と彼は『副官』の頭で考えを巡らす。『ホテル・モスクワ』にとってかなりの上客だ。互いの利害も一致しており、向こうもこちらを贔屓筋として扱ってくれている。それを排除する事の理由が見付からない。
「しかし大頭目には――――」
 唇同士が重なる。
「煩い」
 口調は柔らかい。
「――――ところで軍曹」
 殆ど乗り上げるように体を重ねた彼女が言う。
「何やら当たるようだが」
 目元には絶えず笑みが浮かんでいる。
「正論ばかり吐いている割に一体これはどういう了見だ?」
「そう仕向けたのはどなたですか」
 仕方なく彼も答える。含み笑いで彼女は返す。肌の上で指先が戯れる。重心が移動して視線が下方を向く。視界が金色の髪に塞がれる。動きに合わせて微かに煌めく。
「大尉」
 半身を起こした彼女が振り向く。
「冗談だとしたらあまりにも悪趣味ですよ」
「冗談でないとしたら――――?」
「それはそれで興味深いですね」
 彼の口元にも笑みが浮かぶ。
「ならばお手並みを拝見とさせていただきましょうか」
彼女の片眉が一瞬上がる。目の中に様々な光が走って最終的に笑みを象る。
「つまらん男だ」
 彼に背を向ける。彼女の手が下肢に触れ、更に指先が金具に掛かる。



 舌先がほんの僅かの間絡まって離れる。彼女の顔が顰められ、率直な感想を物語る。挙句言葉となって唇から零れる。
「味わうものではないな」
 妙に納得したような言葉に彼は吹き出しそうになるのを堪える。広がる髪の一筋を取って指に絡める。と、その手を叩き落とされる。
「邪魔をするな」
 横目で彼を見据えて言う。柔らかな感触に包まれる。緩やかに彼を包む。滑らかな舌が這う。合間に吐く吐息もまた柔らかに彼に触れる。その感触が与える寒気にも似た感覚を背に感じながら彼は、同時に胸の奥に焼けた石を飲み込まされたような感覚を覚える。
「――――どちらで覚えていらしたのです?」
 一瞬、触れる程度に彼女の歯が当たる。少しだけ彼女は顔を上げる。彼に背を向けたまま指先を戯れのように絡める。
「知ってどうする。感謝状でも贈る気か?」
 その言い様に彼は苦笑する。
「そうですね――――礼のひとつぐらいは言いたいところですね、正直言って」
 言外に意味を含ませる。その意味に気が付いたのか彼女が短く笑う。
「残念だがその要求は受け入れられんな――――永遠に」
 自分の発した言葉に向かって更に笑う。
「――――では地獄に落ちてからでもたっぷり礼はさせていただきましょう」
「勝手にしろ」
 素気なく言って、尖端に彼女は口付ける。また柔らかに彼を覆う。彼女に飲み込まれる感覚に気を遣りながらも胸の内に残るものに彼は複雑な思いを抱く。
「大尉」
 呼び掛けに振り向きもせず彼女は答える。
「断る」
「そちらは未経験ですか?」
わざとらしく彼が言う。不機嫌そうな眼差しが彼を見下ろす。
「あれは好まん」
 上乗せするかのように眉を顰める。半身を起こして彼は彼女の目を覗く。
「私は『貴女とは』未経験ですよ」
 彼の目に彼女の目が相対する。怒りに似た色が一瞬閃いて、消える。手を伸ばして彼女は彼の胸に触れる。鼓動を確かめるように暫く留め、そのまま下へと流れる。視線は後を追う。半身を隔てる辺りでまた手が止まる。
 致命的とまではいかないまでの衝撃を鳩尾に喰らって彼の体が傾き掛ける。目に映る彼の表情に満足げに彼女は笑う。
「――――では大人しくしていろ」
 手荒な仕草とは裏腹に彼に触れる全ては優しく柔らかい。体内の熱と意識がそちらへ向かって流れて行くのを彼は感じる。そこで脈打つ鼓動を感じる。対して彼女の口内はあくまで暖かい。その温かさが彼に絡み付く。湿り気を帯びた音を立てる。溜息のように吐かれる呼吸だけが熱く彼を包む。空間を隔てて吐息が同じ時を刻む。
 ふと、その時が途切れる。辺りの景色が色を失ったかのような空白が過ぎる。彼女はきつく目を閉ざす。鼓動がひとつだけ時を打つのを聞く。閃くものに盲いたような光景を彼は見、感覚として受け止める。彼女は更に目を閉ざしてそれを受け容れる。



 口を押さえた彼女が無言で身を起こす。長い沈黙を経て二、三度小さく咳き込む。大きく溜息を吐いてから漸く目蓋を上げ、彼の方へ視線を向ける。何事か言い掛けてまた口を閉ざし、肩で溜息を吐く。口元を押さえて俯く。
「先程までの勢いはどうされましたか?」
 彼が笑う。その顔を一瞥した彼女が呟く。
「気持ちが悪い」
 今度は小さく溜息を吐く。
「相手が変わっても変わらんものだな――――こればかりは」
 その言葉に彼はまた焼け石を呑まされたような感覚を味わう。身を起こして彼女の目を下から覗き込む。
「そんな感想を述べられるほどたくさんお相手がいらっしゃったんですか?」
「くどい」
 一言言って彼の体を押し戻す。そうして距離を保ってから改めて彼に視線を返す。
「その人数を数えて、ひとりひとりの氏名住所を教えてやれば満足するのか、貴様は」
 彼の肩に手を掛ける。
「数えるほどはいたが、数えきれんほどではない。この世にいる者もいるが、あの世に行った者もいる。だがな軍曹――――」
 その肩に手を回し寄り掛かる。
「いずれ貴様ひとりになる。貴様だけになる。皆あちら側へ送ってやる。そう遠い日の話ではないぞ。――――楽しみだな軍曹――――そうは思わないか?」
 楽しげな笑い声が彼の耳元で聞こえる。
「大尉――――」
「譲らんよ軍曹。これは私の獲物だ。誰にも譲らん」
「――――ですが」
「良いか。私は楽しんでいる。邪魔をする事は許さん」
 回した手を解いて、彼に向かい合う。
「この話は終いだ。続きは無いぞ」
 突き放すように言う。



「――――それで?」
 彼の口元に笑みが浮かぶ。
「楽しみは独り占めですか?それは狡いですね」
「何?」
「貴女ひとりだけ楽しまれるのでは割に合いません。こういう事は分かち合ってこそではありませんか?そうでなければせめてお零れくらいには与りたいですね」
「貴様私の話を聞いていなかったのか?」
 咎め立てる声を無視して彼女の太腿に手を掛ける。膝まで撫で下ろす。彼女は目でそれを追っている。手をその場に留めて彼女に目を合わせる。
「貴女が楽しまれている事そのものを邪魔立てするつもりはありませんよ。本音を言えば一枚噛ませて貰いたいところですがね。私が分けていただきたいのは貴女が楽しまれているという感覚、その感情、そういったものの事です」
 彼女に触れんばかりに身を寄せる。
「例えば今のように」
 彼女は動じる様子もなく彼を眺め、冷たく笑う。
「欲の皮の張った奴は身を滅ぼすと言うぞ」
「独り占めしておいてその台詞は無いでしょう」
 互いに好戦的な視線を交える。その端に笑みを含ませると、どちらからともなく口付けを交わす。互いを奪い合うように口付ける。
 舌先を触れ合わせて名残を惜しむ。空間を伝って雫が落ちる。膝に掛けた手が今度は太腿へと伝う。隙間を縫って中へ指を滑り込ませる。中途で止めて、彼女に囁く。
「どうします?ご自分で、なさいますか?」
 一瞬顔を顰めた彼女は直ぐに何事も無かったかのように言い返す。
「独り占めはいかんのではなかったか?」
「確かに」
 彼が笑う。
「では、互いの望み通りに」
「ものは言い様だな」
 彼女もまた笑う。唇で彼の首筋に触れたかと思うとすかさず噛み付く。歯形の残るそこを舌でなぞって、耳元まで舐め上げる。耳朶にも軽く歯を立てる。一旦上り掛けた彼の手が彼女の膝の裏へと回り、もう一方の手は彼女の腰に回る。彼女を抱くように引き寄せ、釣られて彼女の腰が浮く。そこへまた彼の手が忍び寄り、彼女の下着を紐解く。
「気の早い奴だ」
 さして面白くもなさそうに彼女が言う。
「これもまた望み通り、ですよ。――――違いますか?」
「――――ああ。ただし、貴様の、な」
 捩れた体勢を立て直そうと片手を彼の肩に掛けたまま背をずらす。足の行き場に少し思 案を巡らした後、わざとらしく彼の体の上に上がり込む。
「――――大尉」
「何だ?」
 少し呆れて彼は彼女を見る。あくまで事の成り行きを楽しんでいる彼女に水を差すつもりはないが、彼女だけに楽しまれるのではやはり割に合わないと彼は思う。
「楽しまれるのは一向に構いませんが、私を楽しみの材料にするのは程々にしていただきたいですね」
 彼女に回した手に確実に力を込める。それに気を取られた隙を衝いて易々と彼女の体を持ち上げる。少しだけ後ろへずれてまた彼女の膝が着く。靴の爪先が床に当たる鈍い音が聞こえる。不思議な事に彼女はまだ純粋に驚いている。訝しげな視線を彼に向ける。
「――――ですから」
 彼女の体を捉えたまま、その意図に気付かれないよう控えめに彼は笑う。
「ここからは私の時間ですよ――――」
 掛けた手に更に力を込める。彼女は目を見開き、唇は声の形に開かれる。ただその声は形を取る事無く喉下で止まり、塊となってその場に留まる。痛いほど彼の肩を握り締めた手が急に力を失って、落ちる。
 彼女の重みが僅かに彼に掛かる。彼も支える程度に手を緩める。彼女の手もまたその身を支えようとする。大きく息を吐こうとした彼女が身を竦める。それがまた呼び込むものに耐えて唇を噛み締める。波を凌ぐだけの間を置いて漸く口元を緩める。砕けた塊が浅い息と共に零れ落ちる。
「どうなさいます?」
 殊更丁寧な口調で彼は尋ねる。彼女が目蓋を上げる。微かな震えが肌を通じて伝わって来る。
「独り占めされるのは割に合いませんか?そう思われるのであれば、分けて差し上げても宜しいんですよ」
 彼女の目が彼を睨む。言葉は何も返らない。ただ彼女の手が少しずつ後方を探って行くのを彼は見る。その様子とその行方を彼は興味深く観察する。定める場所を見付けたのか手が止まる。ふと彼女が視線を横に流す。言い様のない表情を浮かべる。軽く溜息を吐くと一転して目と口をきつく閉ざす。自らの体を彼の体の上に引き摺り下ろすまでそのふたつを固く戒める。
「――――私は」
 荒い息の中から彼女は言葉を表へ引き出す。
「人の施しなど受けん。ましてやお零れに与るような真似など真平だ。それが誰であろうともな」
 熱に潤んだ眼差しはそれでも鋭さを保っている。その事実が彼を煽る。
「成程」
 彼は応える。
「では邪魔はなさらないで下さい。――――尤も、今のような介入であれば歓迎いたしますけれどね」
 彼女の体を抱え込むようにして引き寄せる。上ずった声が上がる。顎の先から耳元までの輪郭を舌でなぞり上げて、囁く。
「どうぞいつでも、貴女の望む時に」
 更に体を押し付ける。零れる声に耳を傾ける。意識が飲み込まれそうになるのを打ち消そうと無理矢理見開いた目に力を込める彼女を眺める。彼女の中の存在と自らが彼女に与える感覚に対抗しようとする。
「――――どういたしましょうか」
 戯れのような言葉を掛ける。耳元に聞こえる彼の声に彼女は一瞬身を竦める。それが返す感覚に身を震わせる。僅かに開いた口から漏れる短い吐息の語尾に微かに声が入り混じる。視線が動いて彼の目を捉える。
「これが貴様の時間だというのなら、貴様の好きに使えば良い。私の預かり知るところではない」
「それは残念ですね」
 彼女の顔に手を掛けてこちらを向け、正面から視線を合わせる。
「もう少し楽しませていただきたかったのですが。――――まあいいでしょう。それはまた、次の機会に」
 拒もうとする彼女を抑えて口付ける。回した手で固く抱き締める。彼女の舌を絡め取り、答えを引き出す。呼吸と唾液を交わし合い、どちらともつかなくなったものを飲み込む。彼女は何度か逃れようと試みる。そこに追い縋って彼女の自由を奪う。逃れきれなくなった舌が応える力を失い、次いで彼女の体が自らを支える力を失う。
 彼は僅かに彼女から身を離す。彼の腕には彼女の背の重みが確かに掛かっている。その手の中の彼女に目を向ける。彼女は目を伏せ、短い呼吸を小さく繰り返している。
「大尉?」
 問いかけに返る応えは無い。彼女の頬を指で辿る。彼は体を傾け、圧し掛かるように彼女に身を寄せる。
「もうお終いですか?」
 彼女に覆い被さるように寄せた体を更に近付け、彼女の体をも傾ける。それに添う動きに彼女は眉根を寄せる。
「まだ終わってはいませんよ――――何も」
 彼女の背が床に落ちる。時間を掛けて最奥まで辿り着いた彼は更にその奥を求めるかのように自身を押し付ける。曖昧な彼女の声が弱い響きを持って流れて、消える。
 微かに目を開けた彼女が自分を見ているのに彼は気付く。何事かを言い掛けようとした唇はそれが形を取る前に閉ざされる。幾らか大きく開いた眼差しが彼を呼ぶ。
 請われるがまま彼は彼女の口元へ耳を寄せる。殆ど吐息にしか聞こえない言葉が一言、彼に届く。彼は笑って、彼女以外の誰にも聞こえないように何事か囁き返す。暫し重なった姿が、また距離を置く。静謐を保っていた影がその間を経て動に転ずる。声が弾き出されてそれぞれに宙を舞う。それ以外の何も逃れる事が出来ないよう彼の手が彼女の体を押さえ付ける。床に投げ出されたままの彼女の手が僅かに息を吹き返す。揺らぎながら持ち上がり、彼の胸に届く。また僅かな力を込めて押し返そうとする。その手のひとつを彼は手にし、その震えを掌に受ける。震えの源は外に現れるよりも明らかな形を取って彼女の内から彼の内へ渡って来る。
「そう――――急いてはいけませんよ」
 彼女の手を見詰めて言う。弄ぶように手の甲を指で撫でる。軽く握り締め、また床へ返す。彼女の目が自分をはっきりと捉えている事に彼は気付く。彼女の唇がまた形ばかりの言葉を描く。それを耳ではなく目で聞いた彼は、笑ってもう一言付け加える。
「いけません」
それに反発するような目が彼を射る。彼はまた笑って同じ言葉を繰り返す。 やがて彼女は目を伏せる。身の内に走る寒気に似た感覚に耐える事に疲れ果てたように溜息を吐く。力を失った手が彼の胸を離れ床に返る。空白を一瞬だけ置いてまた彼女の声が上がる。彼の動きに合わせて押し出される。しかしその間隔は徐々に乱れる。逆に飲み込んでしまった息を取り戻す事が出来ずに暫し苦しむ。漸くそこから脱した後は限りなく吐息に近い声をただ漏らす。彼はその様を全てただ見下ろす。彼は一際強く彼女の中を突く。彼女の背が反ってそれに押されるように彼女の目が開く。遅れて声が上がる。何かに耐えるように全身に緊張が走る。それで漸く彼は彼女を開放する。彼自身を開放する。



 手を貸そうかどうかと彼は少し迷う。些細な事ではあるのだが、この些細な読みが結構難しい。迷った末、彼は手を貸さない道を選択する。
 彼女に起き上がる気配は見られない。仰向けから横向きに姿勢を変えただけで、ただ床に身を横たえている。その理由は表情からは見当たらない。
「大尉、いつまでそこにおられるつもりですか?」
 ごく冷静に彼が声を掛ける。それには何の関心も示さなかった彼女がまた姿勢を変えてうつ伏せになる。肘を付いて組み合わせた手の甲に顎を乗せる。微かな笑みが浮かぶ。
「大尉?」
「違った視点でものを見るというのもたまには必要かもしれんな、軍曹。お陰でなかなか面白い事になりそうだ」
 彼を相手にしていながら彼を対象としていない言葉に彼は若干首を傾ける。その暗に示す事に彼は直気が付く。いかにも興味がなさそうに言う。
「そう上手く行くでしょうか」
「貴様私を誰だと思っている?」
 部下の言い様を気に留める様子もなく彼女は返す。そう言われると彼も返す言葉がない。止むを得ずここは引き下がる。が、その前に一言付け加える。
「あまり危険な真似はなさいませんよう――――」
「軍曹」
 取り立てて強い調子ではない。強要する響きを持つ訳でもない。しかし人を黙らせるのに十分な力をそれは持っている。
 彼がそれ以上何も言い募る様子がないのを見て取ると、彼女は満足げに一笑し、着替える、と言い置いて部屋を出た。



 夜になって、ひとつの報告が彼女の下に届いた。それはただ口頭で、ある組織の壊滅を告げるものだった。その組織の頭が誰かを彼は知っていた。そしてその末期も。
「『遊撃隊』を動かされたのですか」
「さあな」
 他人事のような問いに他人事のような答えが返った。
「不満か?」
 おもむろに彼女が尋ねた。
「――――ええ」 「だろうな」
 彼の答えに彼女がさも当然のように呟いた。
「だが譲らんよ。今回ばかりは誰にも譲らん」
「他の同志に手助けはさせても、ですか」
「そうだ」
「何故」
「何故?」
 彼女は漸く目を上げて彼を見た。
「分からんか。――――そうか」
 ひとり納得したように呟くと、彼へ向けて言う。
「分からんと言う奴に教える必要はないな」
「――――大尉」
 半ば呆れたように、半ば困ったように彼が言う。その視線を受けてまた彼女は微笑む。
「せいぜい思い悩む事だ」  そして楽しくて堪らないといった風に笑う。


-end-



 同士しきぶ様より頂きました♪軍曹×大尉エロ小説♪御馳走様でございます〜♪…って…!うっかりデータがすっ飛んでたので大至急復旧致しました!!!ひーっ!すすすすすみません(汗)





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