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特にエロスな表現は無いのですが大尉がべらぼうに可愛らしいのでこちらに置いておきます。(笑)

18歳以上の方は










- Where have all the flowers gone? -

















 夢を見た。
 どんな夢なのかはわからない。ただ、いつもと同じ夢を見て目が覚めた。あまりよい夢ではない。それは、知っている。
 本来なら全身に汗をびっしょりかいて、というのが普通の目覚め方なのだろうが、残念ながらこの体は汗をかかない。否、全くかかないわけではないが、北欧人でもともと汗腺が少ない上に肌の半分近くは焼かれてもはやその機能を果たしていない。故にこの不愉快な熱は決して表に出ることがない。
 それはもう受け入れたことだ。諦めではなく。
 …ただ。この気分の悪さだけは何とかしたい。
 そして彼女は大儀そうにベッドから身を起こすと、裸足のままバスルームへと足を運ぶのだった。

 正面に見えるのは複数の高層建築物の灯。天辺の赤い照明灯の点滅。眼下にはまた無数の灯。いずれも小奇麗で、どこか他所行き顔をしている。一番手前に、咥えたままの煙草の橙色の灯。 この地は闇も決して暗くはないのだな…
 とりあえず胃の中をカラにして戻っては来てみたものの、相変わらず気分は良くなかった。しかも今の一連の行為ですっかり目が覚めてしまった。クリアーとまではいかなくてもほぼさえた頭で思い巡らす限り明日(もう今日か?)の予定で今しておけそうなこともない。紫煙の代わりについた溜息で窓ガラスが一瞬、白く曇る。 外の空気にでも当たれば、少しは違うだろうか?…けれど、いちいち着替えるのは面倒だ。クローゼットからコートを取り出して、いつものように肩にかける。いつもと違うのは、袖を通して、ボタンをきっちり留めたことだけ。夜着にコートを引っ掛けただけではさすがにおかしい。
 寝室から出掛けたところでまだ裸足のままなのに気付く。裸足にパンプスを履くのはあまり芳しくない。かといって他の靴など持ってきていない。仕方なく、室内履きのミュールに足を通すと、彼女は静かに寝室を出て行った。

 慎重に扉のノブを回すと、わずかに隙間を開け、外の気配を窺った。「この国流」を言い渡してあるので、見張りはいないはずだが、念のためだ。
 確かに、誰もいない。ゆっくりと人一人分の隙間からするりと抜け出す。後手に、また慎重にノブを戻す。音もなく扉は締まって、深い絨毯の敷き詰められた廊下には彼女唯一人が残された。もう一度辺りの気配を窺うと、いつもよりほんの少し急ぎ足で、エレベーターホールへ足を向けた。

 彼女がホールに辿り着く頃、別室の扉のノブが、彼女以上に慎重なやり方で回り始めたことを、彼女は知らない。



 道行は意外と順調なものではなかった。
 ホテルの玄関ホールに盛大に生けられた生花を珍妙な面持ちで眺めたり(なぜわざわざ曲がった枝を使ったり、真っ直ぐなものを曲げて生けたり、挙句の果てには枝を銀色に染めたりするのか彼女には理解できない)、ホテルの両脇に鎮座した奇妙なオブジェ――日本のёлкаヨールカだろうか?――を眺めたり(門松なのだが)、更には玄関の上部中央に設えてあるリースとおぼしきものを見上げたり(しめ飾りのこと)しているのでなかなか前に進まない。彼女も、自身の世間知らずは認識していたので今更驚きもしないが、とにかく目にするもの目にするものが理解の範疇を超えているので足を止めざるを得なかった。
 一般道に出てからもそれはあまり変わらなかった。無数の自動販売機、故障しているものは一つもなく、照明も切れておらず当然破壊もされていない。こんなもの、はた目から見たら金庫が無防備に道端に放置してあると同じなのに、この国の人間はそのことに気付かないらしい。夜中だというのに堂々と開いている"健全"な店。痛いほどの照明が漏れている中には、退屈そうな顔をした人間と疲れた顔をした人間。行き交う車も、行き交う人々もみな小奇麗な身なりをしている。そして物乞いのいない街。道端に身を横たえているものを数人見かけはしたが、彼女の知っている殺伐とした目をもつ者は一人としていない。ただみな一様に疲れた眼差し。
 この国の人間は決して他人と目を合わせようとしない。彼女を見とめるとぎょっとして食い入るように見つめるくせに、彼女が目を遣ると慌てて目を反らすのだ。そしてすれ違いざまにまた横目でじっとこちらを見つめる。背後に回ったところで何やら感想を言い合う。気付いていないとでも思うのだろうか。言葉は解らなくとも、その意味合いは伝わらないとでも思っているのだろうか。
 見られることに慣れてはいたが、そのあまりの不躾さに少々うんざりしてふいと彼女は横道に入った。大通りの控えめな喧騒はたちまち小波のように引いて行った。ひんやりとした空気に包まれて、我知らず溜息が漏れた。
 細い小路にはまだ昨日降った雪が解けかけのまま残っていて、踏みしめる度に湿った音をたてた。履いてきたのは室内履きだったから当然水が浸み込んできたが、気にならなかった。歩きながら煙草に火をつけて、煙の行方を追いながら歩いてきた道程のことを反芻した。来た道を遡り、覚えてもいない夢のところまで辿り着くと、喉の奥の苦みまでが急に蘇った。この道の外灯はやや青白く、何かに似ていた。
 ――月。月の、光。幾多の夜を超えた彼の地の月の灯。だが、そこまでだ。それ以上は頭を駆け巡る情報量が多すぎてとらえることが出来ない。もしかしたら今まで彼の地で過ごした時の全て――そのために眠れぬ夜を過ごすのだとしたら、随分と贅沢になったものではないか?
 そういえば、と彼女は一つ思い出す。いつの夜か、その場にいる皆がただ茫然と月の光を浴びた夜があった。誰かが禁を破って持ち込んだラジオか、無線に割り込んできたかした音楽、彼等の仮想敵国の素朴な旋律。彼等全てがその国の言葉に明るかった故に沈黙せざるを得なかったあの歌、あれはどんな歌だった? 珍しく彼女は空を仰いだ。何しろ聴いたのはあれ一度きりだ。確か――煙草を挟んだ方の手の拳で二、三度頭を叩いて記憶の引き出しから言葉を引き摺り出そうとする。 手を下ろして、煙草がすっかり短くなっているのを見止めると、その場に落とした。溶けかけた雪に火が消える、その時――
――Where have all the flowers gone?
  転がり落ちるように、言葉が、「歌」が彼女の唇から零れた。そして目の前には見知らぬ異国の風景ではなく、青白い月の下に照らされた草一本も生えぬ大地と、彼女の戦友たちと、その茫然とした表情、どこからか漏れ聞こえるひび割れた音が広がっていた。
――よりにもよって。彼女は苦く笑った。
 これは世界で最も有名な反戦歌だ。花は娘に摘まれて、娘は若者に嫁ぎ、その若者は戦場へ駆り出され、墓の下へ潜る。その墓の上を花が覆い尽くし、その花をまた娘が摘む。
 そして幾度も繰り返される歌詞。
――Oh, when will they ever learn?
   Oh, when will they ever learn?
 いつになったら気付くのだろう?と、その言葉自体が問いかけるのだ。戦争を繰り返す愚かさを人々はいつになったら気付くのか?と。
 しかし、その歌を作った連中の国がこの世で最も戦の好きな国ときているからお笑いだ。
 それだけでもこの歌の結末は見えている。願うのは自由だから邪魔は、しないが。
――Where have all the flowers gone?
 あの頃はまだ、厭戦気分に浸れるだけの余裕があった。あれはみな夢だ。墓の下に潜ることすら叶わなかった戦友がどれほどいたことか。そして今ここにいる我々は亡霊ですらない。
――Oh, when will they ever learn?
   Oh, when will they ever learn?
 気付かんよ。新しい煙草に火をつけて彼女は嘲笑わらう。ヒトがヒトである限り、小奇麗な街で小奇麗な連中が素知らぬ顔で暮らしている限り、地球のありとあらゆる所で
――Oh, when will they ever learn?
   Oh, when will they ever learn?
 戦は巻き起こり、歌は繰り返すことを止まず
 我々のようなものが生み出される。
「――――大尉カピターン?」
 あくまで控えめな呼びかけ。しかし完全に虚を突かれた。たばこが指から滑り落ちかけるのは何とかこらえて、取り繕うように口に咥える。
「――大尉」
 彼女は振り向かない。虚を突かれたことに動揺し、動揺している自分にいささか混乱し、返す言葉を探しあぐねている。
「大尉、そろそろお戻りになりませんと」
 三度目。こうなったらこの男は梃子でも動かない。
「――わかっている」
 動揺を悟られないよう注意深く、それだけ、答える。けれど思わず尋ねずにはいられない。否、尋ねずには気が済まない、といったところか。
「軍曹。――貴様、いつからここにいた」
「は。先程で」
 その先程がいつからなのかを尋ねているのだが、と賢しい答えを返す彼女の副官を苦々しく思う。本当は睨みつけてやりたいところなのだが、今は振り向きたくないわけがある。
「では質問を変えよう、軍曹。貴様、いつからつけていた?」
 ほんの少しの間。
「――ホテルの、廊下からです大尉殿」
 返す言葉には、僅かながら笑みが含まれている。結局この男は初めから、自分が物見遊山の客人よろしくあちらこちらで足を止め、止めては眺めしているのをずっと「ただ、眺めて」いたというわけだ。務めを果たしただけ――といえば確かにそうなのだが、いくらなんでもこれは――これでは、まるで私が阿呆のようではないか。自分自身に呆れて、頭を抱えたい気持ちでいっぱいだったがそれは何とかやり過ごした。
 またいつの間にか短くなってしまった煙草を口元から外し手指で弾き飛ばすと、くるりと踵を返し、俯き加減で彼女は歩き出した。相当の早足で。
「戻るぞ軍曹」
 すれ違いざまに一言。副官はすぐさま後を追ってくる。常のように。だが常と異なるのは、彼もまたほんの少し急ぎ足で、彼女の隣にぴたりとついた。
「歌がお上手だとは、知りませんでしたな大尉殿」
「――――――――!!」
 その後の自分は、まるで出来の悪いスラップスティック・コメディのようだったと彼女は思った。急に足を止めたものだからぬかるんだ雪に足を取られて片方のミュールは明後日の方向に逃げていくし、その反動でもう片方からも足がずり落ちて二、三歩後ずさった挙句道端の何かに踵がぶつかってあと一歩で壁に後頭部をしたたかにぶつけるところだった。すんでのところで助かったのは、壁に衝突するより軍曹の伸ばした手の方が早かったからだ。しかしこれで真正面から自分の顔を見られることになってしまった。しかも今の一件でその前よりもはっきり、たぶんこの薄暗がりでもわかるくらい真っ赤に染まった自分の顔を。実のところ彼女も気づいていなかったのだ、まさかあの歌を思い返しながら、同時にそれを口ずさんでいたなんてことには。
「大尉。――お怪我は」
「問題ない」
 精一杯意識して、いつもの口調で答える。どうせ、そんなこともお見通しなのだろうが。
「靴が――片方、飛んでしまいましたな。捜してきましょう」
 と、子供のように抱きかかえられると、大通りまで運ばれて、ガードレールの縁に腰を下ろされた。他に座れそうな場所もなく、足元は崩れた雪でどこも濡れている。
 大通りの雪はほぼ消えかけていた。行き交う車の数がその消滅を手助けするのだ。車が一台、また一台過ぎる度に風が吹き、風に煽られる。そういえば、髪を留めても来なかったのだなと、今更ながらそんなことを意識する。淡い色の、緩く波打つ金髪が時々視界を遮る。彼女の故郷のような痺れるほど研ぎ澄まされたものではなくとも、羞恥に火照った頬を冷やすには十分な冷えた風が不定期に彼女を覆う。
「大尉」
 軍曹が戻ってきた。足元にそろえておこうとするその目の前に、素足のままの片方をひょいと突き出す。目が合うと、意趣をたっぷり含ませた笑みを送る。
「室内履きですか?大尉」
「他に履くものがなかったのでな」
 片足を通す。これは足から擦り落とした方。
「いつもの靴では?」
「素足にパンプスは履きにくいものだぞ、軍曹。貴様も試してみるか?」
「いえ、自分は結構で」
 そしてもう片方。明後日に飛んだ挙句、ご丁寧にも水溜まりに着地していたらしい。
「軍曹」
「は」
「――この国は良くないな」
「――――――」
 言葉数の少ない彼女の副官は、是とも否ともなく、彼の上官を見下ろしている。暫しの後、静かに彼女の手を取り、戻りませんか、と、彼女を促した。
 その眼差しを受け止め、薄い苦笑で応える。立ち上がり、取られた手をするりと回して相手の腕を絡め取る。肩を並べて歩き出す。歩む速度はいつもと同じ、慣れ親しんだもの。この国の人々にとってはかなりの早足のよう、それだけで彼等の目を奪う。
「――――大尉殿。ひとつお願いが」
 道未だ半ばに至らずといった辺りで軍曹が口を開いた。
「聞かんぞ」
 すかさず彼女は答える。
「大尉殿、まだ何も言っておりませんが――」
「うるさい。聞かんといったら聞かん」
 叩きつけるように言い放った後、あ、と小さく声をあげて彼を振り仰ぐ。
「軍曹」
「は」
「今日のことは他の同志には言うなよ。ロックとレヴィにもだ」
「では代わりにお願いが――」
「それは聞かん」
「しかしそれでは取引になりませんよ、大尉殿」
「じゃあ命令だ」
「――ですが」
「ぜ・っ・た・い・にイヤだ」
 限りなく無表情に近い軍曹の口元がほんの僅か、緩んだのを彼女の眼は見逃さない。
「――貴様、今笑ったな」
「いえ」
「確かに笑ったぞ。貴様、何が可笑しい」
「いえ何も、可笑しくは」
「貴様上官に嘘をつく気か」
 どう考えても屁理屈をこねているにすぎないのだが、彼女はそれに気が付かず、それが一層彼女の副官の笑いを誘うのだが、そのことにも彼女は気付かない。
「まだ笑ってるな、貴様――」
「いえ。そんなことは」
「――殴るぞ」
「――それは、お止しになった方が」
「じゃあ蹴る」
「また、靴が飛びますよ」
「――賢しい奴め」
「褒め言葉と受け取っておきます」
 この男は、彼女は心中で毒づく。普段必要以上に無口なくせに、口を開かせると必要以上に賢しい奴なのだ。忌々しいことこの上ない。
ふと気が反れる。周囲の風景全てが目に飛び込んできて、彼女はそれら全てに目を遣り、網膜の裏に受け止め、生理的な悪寒が背中を駆け上がるのを感じる。
「――――――軍曹」
「は」
 絡めた手にきつく力を込める。いぶかしむような眼差しを感じながら、呟く。
「――ここは嫌いだ。ここはイヤだ。――早く帰ろう、同士軍曹スタルムシ・セルジャント。こんな所に長くいたら頭がおかしくなる。早く終わらせてあの場所ロアナプラへ帰ろう。――我々を待つ、あの場所へ」
 暫しの沈黙。それに相応しい言葉を探り当てるような沈黙。
「ええ――ですが、その前にまずホテルにお戻りいただかないと」
 事実は、ある意味どんな慰めより情け深い。
「――――そうだな……」
 そして二人、歩き出す。
「そうだな、同士軍曹スタルムシ・セルジャント。そして我々の仕事つとめを果たそう」






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 仲睦まじくじゃれ合う大尉&軍曹が反則的に可愛らしいです♪大尉に睨まれても、凄まれても、おそらく銃を向けられても涼しい顔してそうですね。軍曹ってば。
 軍曹のお願いは「ほっぺにチュウして」とかだと思う事にします。そうだ。そうに違いない。(?)





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